福島県指定伝統工芸品「海老根伝統手漉和紙」の工房で和紙作りのイロハを知る
2024年12月20日
ユネスコの無形文化遺産に登録されるなど、世界に類を見ない特色ある技術で受け継がれてきた和紙の文化。かつては全国各地に和紙作りの文化が根付いていましたが、後継者不足やデジタル社会への移行などの影響もあり、その文化が途絶えてしまったケースも少なくありません。
そんななか、一度は途絶えた地域の和紙作り文化を復活させ次代へ受け継ごうとする活動が、郡山市中田町で続いています。
※「地域と文化の魅力ラボ」では、1月19日(日)に海老根伝統手漉和紙の紙すき体験会を開催します。詳細は「魅力ラボ」TOPページをご確認ください。
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江戸時代に始まり、最盛期には80戸が和紙を生産
市内中心部から約10km南東に位置する郡山市中田町海老根。阿武隈高地の山あいに集落が点在する、のどかで緑豊かな地域です。
その集落の一つ、北向地区では、江戸時代から和紙作りが盛んにおこなわれてきました。その歴史は350年をゆうに超えます。決して豊かではなかった農村の暮らしを支える農家の副業として、最盛期には約80戸もの家が冬場の農閑期の副業として和紙作りをしていたそうです。
しかし、品質の高い和紙を作るためには多くの手間がかかります。また、冬場に冷たい水を使っておこなう作業は体への負担も大きく、そこに後継者不足や時代の流れも重なって、一軒また一軒と和紙作りを断念。1988年、ついに最後の一軒が工房を閉じ、その歴史は途絶えました。
しかし、それから10年後の1998年、地元の貴重な伝統文化を後世に残したいと、かつて和紙の生産や販売に関わっていた人たちが集まり、「海老根伝統手漉和紙保存会」が結成されます。北向地区に工房を構え和紙作りを再開すると同時に、その伝統を後世へつなぐさまざまな活動をスタートさせました。その取り組みが評価され、2003年には福島県の伝統的工芸品に指定されています。
農作業がない時期が和紙作りに最も適した時期
和紙の原料となるのは3つ。クワ科の木である「楮(こうぞ)」の皮と、アオイ科の植物「トロロアオイ」の根、そして、冷たい水です。楮は、中田町内に自生しているもののほか、近年は保存会で植樹もおこない、原料の確保に努めています。トロロアオイは工房近くの畑で栽培されています。
町内の山から切り出された楮(こうぞ)の枝
切り出された楮の枝は、まず工房脇の大きな窯で煮出し、皮が剝がされます。剝がれた皮のうち黒い表皮は取り除き、薄いクリーム色をした内側の皮のみを材料として使います。強い繊維質をもつこの皮を小槌などで叩き、繊維質を絡ませることで、和紙ならではの強度が生まれます。
一方、トロロアオイの根は、小槌などで軽く叩き潰したうえで、冷たい水につけておきます。しばらくすると根から出た液体と水が作用し、粘液が生まれます。この粘液は「ネリ」と呼ばれ、楮の皮の繊維質をつなぎ固める役割を担います。「すき舟」と呼ばれる道具に冷たい水を張り、出来上がった楮の皮とネリを入れてかき混ぜれば、あとは紙すきの作業に移ります。
トロロアオイの根
ただし、楮とネリを入れる水は冷たくなければいけません。温かい水ではネリが絡まないからです。これが、和紙作りが農閑期の副業であった理由の一つ。田んぼの作業がない11月~3月頃が和紙作りに最も適した時期なのです。
自然のままの色合いが魅力の「生紙(きがみ)」
紙すきは、「簀桁(すけた)」と呼ばれる専用の道具を使って作業します。和紙の品質はこの簀桁の使い方で決まるといっても過言ではありません。すき舟の中の材料を簀桁で適量すくい上げ、前後に揺らしながら均等に伸ばします。
簀桁(すけた)
紙すきが終わると、次は乾燥の工程です。昔は天日干しで乾燥させたそうですが、現在は工房脇にあるボイラーで熱した鉄板に和紙を貼り付けて乾燥させています。乾燥の過程で紙にしわが寄らないよう、貼り付けた紙を椿の葉でなめして仕上げていきます。
さまざまな工程を経て仕上げられた海老根の和紙。その特徴は、時間の経過とともに風合いが変わっていくこと。現在一般に販売されている和紙は、製造の工程で漂白剤などの添加物を混ぜることで白く美しい紙に仕上げています。一方、海老根の和紙作りでは添加物を一切使わないため、楮の皮と同じような薄いクリーム色をしています。その色が時間と共に白く変化していくことから、保存会の人たちは自分たちの紙を「生紙(きがみ)」と呼び、海老根の和紙の大きな特徴として受け継いでいます。
自らすいた紙が小学校の卒業証書に
保存会が立ち上がって四半世紀。いま保存会では、その活動を次の世代へとつなげるため、多くの市民に和紙や紙すきの魅力を広める活動に取り組んでいます。毎年9月には、工房周辺を和紙灯籠で彩る「海老根長月宵あかり 秋蛍」を開催。20年以上続く、郡山の秋を代表するイベントの一つとして定着しています。
海老根長月宵あかり 秋蛍
また、中田町に育つ小学生たちは毎年、校外活動で紙すきを体験します。自分たちがすいた和紙を学校の図工の時間に使っているほか、卒業式では自ら漉いた和紙でできた卒業証書を受け取ります。そうした経験のなかから、和紙作りという地元が誇る文化に興味を持つ子どもが一人でも多く現れてほしい。それが保存会のみなさんの願いです。
2022年には工房が新しくなり、見学や体験で訪れる人たちが海老根の和紙の魅力により触れやすい環境となりました。中田町の、そして郡山市の貴重な文化遺産である海老根伝統手漉和紙を後世へとつなぐ取り組みは、これからも続きます。
※「地域と文化の魅力ラボ」では、1月19日(日)に海老根伝統手漉和紙の紙すき体験会を開催します。詳細は「魅力ラボ」TOPページをご確認ください。
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■海老根伝統手漉和紙保存会
場所:福島県郡山市中田町海老根北向130-1(工房)
文/髙橋晃浩